なぜか言語によって異なる「リアリティ」の定義: 英語の reality と日本語の「リアリティ」
前回は "augmented" て何よ?ということで、「拡張現実」と訳される AR (Augmented Reality) のニュアンスについて探ってみました。
今回は、もっと馴染みの深い単語「reality」についてです。
実は、「reality(リアリティ)」という単語のニュアンスは、英語/日本語で異なります。
あなたは、「リアリティ」という言葉について、どんな意味のものだとこれまで感じていたでしょうか。
このメルマガを読み進める前に、ここでちょっと立ち止まって考えてみてください。
話の続きは、10行くらい下で。
端的に言うと、日本語の「リアリティ」と英語の「reality」とには、以下のようなニュアンスの違いがあるようです。
リアリティ(日本語):
「実在するかのように感じられる状態」を指す。
reality (英語):
「実在性」そのものを指す。
日本語でのニュアンスについては、日本語で書かれたこのメルマガを読まれている方であれば馴染み深いだろうと思います。
たとえば、映画に対して日本語で「リアリティ溢れるものだった」と言えば、それは、映像や音声が臨場感溢れていて、あたかもその物語が実在のものであったかのような感覚を抱くというような意味になります。
その物語が現実にはありえない物語であってもそこは問題になりません。
一方、英語の reality はというと。
米語の辞書「Merriam-Webster」では、以下の定義が記載されています。
1 : the quality or state of being real
2
a
(1) : a real event, entity, or state of affairs
(2) : the totality of real things and events
b : something that is neither derivative nor dependent but exists necessarily
3 : television programming that features people (especially people who are not professional actors) dealing with real-life situations or participating in contrived activities (such as competitions)
https://www.merriam-webster.com/dictionary/reality
英語に慣れていない方向けに、ChatGPTを使って日本語に訳してみました。
1 : 現実であるという質または状態
2
a
(1) : 実際に起きている出来事、実体、または事態
(2) : 実際の物事や出来事の全体
b : 派生的でも依存的でもなく、必然的に存在する何か
3 : 人々(特にプロの俳優ではない人々)が、現実の状況を扱う、または人工的な活動(例:コンペティション)に参加する様子をフィーチャーしたテレビ番組
日本語の「リアリティ」とは、ずいぶんニュアンスが異なるということが感じとれるでしょうか。
英語の「reality」とは、「そこにそれが本当にある」とか、「事実が語られている」とか、そういったニュアンスです。
以下は、例によって "reality definition" といったキーワードでGoogle検索すると得られる、Oxford Languages での定義です。
1. the state of things as they actually exist, as opposed to an idealistic or notional idea of them.
2. the state or quality of having existence or substance.
Merriam-Websterは米国、Oxfordは英国の辞書ですが、属する文化の微妙に異なる両者でもだいたい似たようなニュアンスだということが分かります。
こうして日本語と英語とを比較してから「VR (Virtual Reality)、仮想現実」、「AR (Augmented Reality) 、拡張現実」という概念が示そうとしているニュアンスを感じるとまた面白いかもしれません。
端から「非現実だけど現実のように感じられる」というニュアンスの日本語の「リアリティ」という単語を念頭において「バーチャル・リアリティ」という言葉を見ると、「あー、臨場感溢れる映画みたいな(現実ではない)体験をすることなんだな」ということで、さらっと聞き流せてしまいます。
せいぜい、「どうせフィクションだけど、かなり作り込むんだろうな」という程度のニュアンスと感じられます。
一方、「実在する、事実である」というニュアンスの英語の「reality」という単語のニュアンスを念頭において「Virtual Reality」という言葉を見ると、「専用ゴーグルで表現されるデジタル空間に、本物の何かがある」というほどのニュアンスになります。日本語のときと比べて、「本気度」のようなものが根本的に違います。
「AR (Augmented Reality) 、拡張現実」についても同様です。
augment という単語の意味をネットの辞書で調べてみた結果については、すでに紹介しました。
>to increase the size or value of something by adding something to it
>(何かを加えることで何かの大きさや価値を増加させること)
前回紹介したフィードバックは、以下のものでした。
> ありがとうございました。知らない単語だなぁと思いつつ調べることをしなかったので勉強になりました。
> ポケモンGOというスマホゲームにARが実装されていて、アプリ内でカメラを起動するとポケモンが映り込むので、自宅のリビングにポケモンがいるような写真を撮る事ができます。
> アニメのポケモンさながらの、ポケモンと共に遊ぶ気分が「増加」する体験を得られるのだなぁと理解しました。
この事例を「拡張現実」というニュアンスのうえで捉えるのか、「Augmented Reality」というニュアンスのうえで捉えるのかによって、意味はまったく異なるな...と、僕はしばし考えこんでしまいました。
同じ「VR (Virtual Reality)」や「AR (Augmented Reality)」という言葉を用いても、英語圏の人と日本語圏の人では受け取るニュアンスが異なります。
気づかれにくい違いではありますが、このような差が、5年-10年経ったころには、VRやARといった技術にって表現しようとするものの違い、技術への志向、文化的表現の差として顕れるのかもしれません。
日本は「ガラパゴス」と形容されることがあります。
「英語圏からは隔絶した、閉鎖的な市場」というニュアンスが強い表現ですが、同時にこの表現には、グローバル市場のスタンダードとは少し離れた独自の文化というニュアンスもあります。
普段何気なく使っている言語に感じるニュアンスの違いが将来どのような差を生むのだろうと思うと、これから何が起こるのか楽しみでもあります。
- 文法や言葉のニュアンスは英語と日本語で異なるため、ChatGPTでの翻訳も、英語でのニュアンスの「日本語への完全な置き換え」ではありません。
辞書に記載の定義すら、それは、その単語についてのある種の「要約」でしかありません。要約には誤謬がつきものだということについては、以前にもメルマガで書いたとおりです。
「拡張現実(AR: Augmented Reality)」の "Augmented" て、何よ?
https://forum.pc5bai.com/tips/longshot/52f08aa5-2d8d-4685-818c-d050761b44d7/#cid49
「拡張現実」というより「増加現実」?輸入された概念への訳語のあてられ方について考えてみる
https://forum.pc5bai.com/tips/longshot/f3b1f5b9-68f2-405d-b5d8-9c0ff50e695e/
「要約」とはすなわち「ミスリードの起点」
https://forum.pc5bai.com/tips/longshot/14ab0c3b-05a6-4308-9b87-cfc629749f5f/
リアルとリアリティ - スタジオジブリ「ゲド戦記」制作日記
https://www.ghibli.jp/ged_01/000352.html
松井 憲明
さん
からのフィードバック
2024年10月12日2:36
小川先生 今回のお話も興味深く読ませていただきました。私は、日本で育ったので、日本語の語感ありますが、海外で20年超住んでますので、実体験を通じて英語の語感もあります。それで、気付いたのは、机=deskのような綺麗な一致はむしろ少数派で、帽子=hat+cap+beanieのように1対多数だとか、1対1でも、半分意味が重なり、あと半分はお互いズレてるとか、が多数だという事実です。単語レベルでこうですから、文やそれ以上では、ズレが拡大しますね。翻訳は、結局、一番意味が近いものを当てはめているだけですね。AIが発達して、近い将来、もう英語を学ぶ必要すらなくなり、語学ベタが世界的に突出している日本人には相対的に朗報ですが、そうなると、英語自身にはまったく接しないことで、この語感のズレ、Lost in translastionの世界は永遠に続くわけですね。雑感まで。
小川 慶一
さん
からのフィードバック
2024年10月12日8:25
松井さん、コメントありがとうございます。
そうですね。
文化的コンテクストについては、体験しないと分からないものがあると思います。日本人同士でも「同じ言葉が通じない」とでも言えるようなシーンは多いですが、海外の方とは文化的コンテクストがますます乖離しているのでよけいにコミュニケーションは難しいです。
僕は、「逐語訳をすぐに得られる時代」よりも、「異文化というものがあると幼少期から知り、そしてVRを通じてでもAIを通じてでも体験的に異文化と関われる時代」が来ることに期待したいです。
2024年11月04日 22:53
小川 慶一さん
2024年11月03日 08:18
AIユーザさん
2024年11月03日 08:18
田中 宏明さん
2024年11月02日 13:04
小川 慶一さん
2024年11月02日 11:27
AIユーザさん